
いわき明星大学 教養学部 准教授/博士(商学)
専門:経営学(人的資源管理)、キャリア教育
初見 康行(はつみ やすゆき)いわき明星大学 教養学部 准教授/博士(商学)
2004年、人材領域の企業に新卒入社。営業、人事、採用を経験後、2009年に一橋大学大学院に入学。2011年に商学研究科 博士課程入学、2017年に博士号取得。現在はいわき明星大学で経営学(人的資源管理)、キャリア教育、初年次教育を担当するとともに、職場の人間関係が若年層の早期離職に与える影響について研究を重ねている。
日本企業における、若年層の早期離職の構造とは
―若年層の早期離職に着目されたのは、なぜですか?
私は新卒入社後、人材系の会社でクライアント企業の人的課題を解決するミッションを3年に渡って経験した後、キャリアの幅を広げたくて人事部に異動、2万名のエントリー者から200名近くを採用しました。しかし、採用した人の中にはミスマッチや実力を発揮できずに退職する人もいたことから、若年層(入社1年目から3年目)の早期離職に意識が向かうようになり、現在に至ります。
―早期離職が起きる構造を教えてください。
早期離職が起きる背景には、環境要因、企業要因、個人要因など様々な要因があります。環境要因の例を挙げると、若年層の早期離職はその時々の経済環境に大きく左右されます。経済が良好な時は、求職者と仕事・企業のマッチングの質が向上するため、早期離職率は低下傾向にあります。一方、経済が低迷している時期は、不本意就職が増加するため、早期離職率も上昇傾向になります。その他にも、日本の産業構造自体が変化していることや、若年層の職業観が「就社」から「就職」にシフトしていることなど、様々な要因が推測されています。


このような状況の中で私が注目したのは「職場の人間関係」がおよぼす影響でした。(図1)こちらが調査結果をモデル化したものですが、離職意思には「仕事への満足感」・「組織への愛着」が効き、それら2つの要因には「職場の人間関係」が効いていることが確認できました。また、職場の人間関係の中では、特に上司との関係性が離職意思に大きく影響することが確認されています。
職場の人間関係は働くうえでの「衛生要因(無くてはならないもの)」であり、人間関係が良ければ絶対に離職しないというわけではないけれど、人間関係が悪かったら離職してしまう職業生活のベースとなるものです。
また、企業の立場に立つと、職場の人間関係は離職を引き起こす要因のなかでは改善に取り組みやすい要素かと思います。若年層の離職理由として、しばしば「給与・待遇への不満」が挙げられますが、企業にとってこれらを改善することは容易ではありません。しかし、職場の人間関係はいざとなれば明日からでも改善に取り組むことが可能です。また、時間的制約やコストが掛からないことも大きなメリットですが、なにより、企業、若年者双方が改善活動に参加できる点にポテンシャルを感じるのです。

早期離職の抑止に向けて、人事ができること
―早期離職課題において、効果的な人事のかかわりについて、アドバイスをお願いします。
実体験を踏まえ、若年層にとって人事は見守り役であり、避難所的な立場だと感じています。職場に馴染めない、仕事に馴染めない、成長実感が得られない、将来の展望が見えない、そうした不安にかられたとき、全ての人が上司に相談できるとは限らないと思うんです。身近な同期や先輩社員には相談できても、上司には直接言えない人もいるでしょう。こうした中、対処が遅れ、結局辞めてしまうケースも少なくありません。これを未然に防ぎ、セーフティネットとして手を差し伸べることができるのが人事だと思います。
こうした観点から、『ReCoBook』はとても興味深いツールだと感じています。若年層への声がけはタイミングが非常に大切ですが、『ReCoBook』で日々のコミュニケーションをはかっておけば適切なタイミングでケアできます。現場に人事が介入することに消極的な上司にとっても、根拠にもとづき、危うい状況にある人を的確にケアできるとあれば、自分自身の負荷を減らすツールだと捉えられるのではないでしょうか。さらに、人事がデータをもとに適切なマッチングや配置をリードすれば、企業の成長スピードを加速させる戦略人事にもつながると思うのです。

―今どきの若者とReCoBookの相性について、お感じになることがあれば教えてください。
人事にとって有効なツールと感じる一方で、大学で教鞭をとる立場としては、SNS世代の若年層にフィットする特性も目をひきます。授業では言葉少ない学生が、SNSだと積極的な発言をしているなど、学生の情報発信やコミュニケーションの手段も多様化しています。重要なのは、我々人事も若年層とのコミュニケーション手段を複数持っておくことではないでしょうか。昔ながらの「背中を見て学ぶ」という手法が合う人もいれば、スマホやSNSを通じたコミュニケーションに心地よさを感じる若者も多いと思います。ReCoBookの良さは、多様化する新入社員との新たなコミュニケーション手段をもたらす点にあると思います。もちろん、これで全てが解決できるわけではありませんし、本音を書きこむのか、という疑問も沸いてきます。ただ、最初の段階で「業務」として組み込めば、楽しんで記入してくれる人も多いと推測されます。逆に、全く記入してくれない場合は、それがそのまま危険信号になります。そのような意味においてもReCoBookは興味深いツールであり、今後、どのような活用方法が生まれてくるのか、私自身も注目しています。
―若年層の早期離職に取り組む意義について、お聞かせください。
新卒採用は投資に見合わない、キャリア採用のほうが即戦力として費用対効果が高いという声も多く聞きますが、私の実体験でいえば、新卒採用には大きな可能性があります。自社の採用力を超えるような人材を獲得できるチャンスであり、彼らは将来のコア人材候補です。ただし、職場の人間関係に代表されるように、若年層だからこそ重点的にケアしなければならない問題も存在します。ぜひ、『ReCoBook』のようなツールを活用し、新入社員とのコミュニケーションを促進することで、早期離職を防いでほしいですね。
早期離職は一企業の課題ではなく、日本社会全体が対応していかなければならない重要な問題です。研究者として立場こそ違えど、人事のみなさんと同じ思いで、私自身もこの領域にいっそうコミットしたいと思っています。ぜひ、一緒に早期離職の防止に取り組み、若年層の力がより一層発揮される社会を創っていきましょう。
※この記事は2017年8月時点のものです